片付けしながら宅浪生

古家を掃除しながらゆったり受験勉強

全否定

実は、緊急事態宣言が発令される(日本語的におかしい気がする)前に小学校入学前からの友人が来ていた。彼も宅浪生で、外部との接触も少なかったことから勉強合宿としてここに来た。

 

ここで初めて、他校の受験事情を知った。

彼は小学校卒業後に引越し、引越し先の中高一貫進学校に進んだ。そして理系コースへ進み、某国公立大学を志し、敗れた。

本人曰く、自分は大学で何がしたいか分からない、周りにつられ何となく理系に進み、とりあえずなんでも出来そうな学部を選んだという。そして1度挫折して再考してみると、自分は文系の方が向いていたのかもしれないと言った。

 

彼の話を聞くと、そういう人もいるんだと知ると共に、そんな感覚で大学へ行くのかという怒りとまではいかない、何とも中途半端な気分がした。

 

彼曰く、自分の高校に別々の大学の薬学部と理学部と工学部を受けて某国公立大学に合格したという人がいた。そこまで来たか、という感覚がした。

 

自分の高校では自分のやりたいこと、やりたい学問に合わせて大学を選ぶという進路指導を取っている。自分も志だけは高々に、文学部を選び、その後で大学を選んだ。不合格後も人文学への興味は薄れていない。

 

でも彼の話で出てきた同級生は、何のために大学に行くのか。それが全く分からない。大卒の称号を得るため、難関大学出身の看板をもらうため、とりあえず大学をでるため。正直大学側はそういう人を求めていない。それはアドミッションポリシーにしっかり示されている。

 

だが実際そういう人達が入っている。その友人は不合格だったが、周囲はそんな感じの人が多かったという。しかも推薦とかを利用して入る場合もあるという。そういう人達に先に行かれた。その事実が悔しいというより情けないという感情を呼び起こす。

 

受験は勝負とは思わない。単に入る資格があるか無いかだ。それでもそういう人達を全力で否定したい。それらの人々を許容できない自分に嫌気がさしているが、この弄れたやる気と共に勉強していこうと思う。